居残り【小説再掲】(500文字程度)
「それでさあ」
「へえ」
彼女は前の席から、僕に対して一方的に喋り続ける。僕は時折相槌を打ちながら、宿題用のノートにペンを走らせる。
放課後の、僕たちしかいない教室。
僕にとって、何よりも幸せな時間。
しかしそこで、彼女が手に持つスマホから、短く通知音が鳴る。彼女はすぐに画面を確認した。
「彼氏、部活終わったから行くね」
そう言って彼女は荷物を持ち、足早に廊下へ向かう。ピシャリ、という、彼女が閉めた扉の音がやけに僕の耳に残る。
いつも笑顔を絶やさない彼女だが、彼氏から連絡が来た時の笑顔は、普段のそれとは一線を画すものだった。好きな女の子の笑顔というものは、どうしてこんなにも眩しいのだろう。
眩しくて。
恋しくて。
苦しい。
僕のこの自主的な居残りは、彼女がこの時間に、教室に一人でいると知ってから始めたことだ。
『宿題、家じゃ集中出来ないから』などと適当に理由を付け、彼女に説明した。
彼女に彼氏がいることは知っていた。僕とは似ても似つかぬスポーツマンだ。
しかし、少しの間だけでも、彼女と他愛のない会話が出来ればそれでいい。彼女の暇潰しの相手になれればそれでいい。
……なんていうのは、この虚しい恋心を過保護に労わる言い訳でしかない。
その自分への気遣いが僕の胸に痛みという形で伝わり、僕をさらに傷付けるのだった。
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※この作品はSS名刺メーカー( https://sscard.monokakitools.net/index.html )で作成した文章をTwitter( @angro_i_do )上にアップし、それを加筆・修正したものです。