ぼくは、人喰い。【小説再掲】(1800文字程度)
ぼくのこと、人は、化け物という。
見た目は、人と変わらない。
普段は誰もいない山奥に住んで、誰とも関わらないように生きている。
誰に迷惑をかけているわけでもないし、ましてやそれが寂しいと思ったこともない。
月に一度、人を喰う以外には。
別に、人が憎いわけではない。
過去に何かをされたとか、一族を根絶やしにされたとか、そんなこともない。
第一、ぼくに一族なんてものはいない。
生まれた時から、すでに一人。
人を喰うーーその一点だけが、ぼくを形作る。
その一点に、意味などない。
◯
喰う、ってことは、生きること。
ぼくは生きるために、人を喰わなきゃいけない。
ほぼすべての生き物に共通する、絶対的なルール。
それは、人間もぼくも同じで、間違ったことをしているなんて、思わない。
だけど、ぼくを見た人たちは、口々にぼくを化け物と呼ぶ。
ぼくにはそれが、理解出来ない。
◯
人を喰うと言っても、月に一度、一人だけ。
それが、ぼくが生きるために最低限、そして最大限必要な量だ。
対して、人はどうだろう。
たくさんの命を、中途半端にかじっただけで捨ててしまう。
そのことに、罪の意識を持っているようにも感じられない。
以前人を喰いに町へ出た時、そこらに転がる命の残骸を見て、それを知った。
でも、ぼくは人を残さず喰う。
別に、味が好きとか、そんなんじゃない。
口から流れ込んだ、人の硬いところや柔らかいところが、ぼくの内側を駆け巡る感じは、むしろ不快だ。
それでもぼくは、それで生き延びることが出来る。
人の恐怖や嘆き、憎しみを咀嚼し、内側がどれだけぐちゃぐちゃになろうとも。
命を繋いでくれたこと自体に、感謝の気持ちらしきものは感じる。
ぼくに喰われる前の、憎々しい眼差しを見てるから、お礼なんて言ったことは、もちろんないけど。
◯
今日は月に一度、人を喰いに山を下りる日。
周りに深い闇しかなくなる時に山を下りるのは、歩きづらくて少々面倒である。
しかしーー今日に限り。
その手間は、省かれた。
「……あ」
山を降り、人を探す。人はぼくの本当の姿を見て、おののく。足がすくんだ対象を捉えて、喰う。出来れば誰にも見つからないように、山に帰る。
そんな一連の流れが今日に至るまで当然だったものだから、ぼくの内側は今までにない音を鳴らした。今までにない色を作った。
予想外の出来事に内側を掻き乱されるなんて、ぼくは人間と似て弱い存在なのだと、その時初めて知った。
「……わ、わたしを、食べて、ください」
そんなことーー初めて言われた。
ぼくを、嫌な気持ち以外の眼差しで見るのは、この子が初めてだ。
「噂に、聞いたんです。人を喰う化け物が、この山にいる、って」
出来れば誰にも見つからないようにーー裏を返せば、見つかる可能性はゼロではなかった。
ぼくが人を喰っている姿を、山に帰るところを誰かが見て、それが噂となって、この子に届いた。
「わたし、もう、限界なんです」
ぼくが山を降りるような時間帯に似合わない、年端もいかない少女が、目から大粒の涙を流して、ぼくを抱きしめた。
その少女は息を切らしてしゃくりあげ、額に汗を浮かべていた。少女の服装は、ぼろぼろで、おおかた、道中に枝や木にでも引っかかったのだろう。
その時のぼくがどんな顔をしていたのか、どんな内側をしていたのか、今でも分からない。
ぼくの首に巻かれた少女の華奢な腕。その手首に付いた数本の線が視界に入ったのを、しばらく眺めていた。
◯
ぼくは化け物。
月に一度、人を喰う。
それが、それだけが、ぼくの命を繋ぐ。
今宵、あの少女を喰ってから、何度目かの食事を終えた。
でも、あの少女を喰った時のような内側には、ならなかった。
今までの誰とも違う、ぼくの内側の、はずみ。
口から流れ込んだ、恐怖や嘆き、憎しみなんかとは、正反対。
あの気持ちが何なのか、未だにぼくは、分からない。
あの少女を喰ったときに流れ込んできた、少し触れただけで壊れてしまいそうな、儚いものの正体を知るために。
ぼくは、人を喰らう化け物として生まれたのかもしれない。
◯
人が憎いわけではないと言った。
だけど、好きか嫌いかで言えば、嫌いだ。
『ごちそうさまでした』
その言葉を、ぼくは、あの少女を喰ったとき以外、口にしたことはない。
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※この作品は以前『小説家になろう』上に投稿したものに、若干の修正を加えて再掲したものです。