雲の上で遊びたい【小説再掲】(1600文字程度)
Tシャツが汗ばむ午後一時。
ソーダ味のアイスには歯形が付いている。
「雲の上で遊びたい」
君はそう言い、真っ白のワンピースを翻す。
「フワフワしてて、楽しいんだろうなあ」
きらめく瞳が、忘れられない。
『雲の上には立てないよ』
勉強が得意な僕は言う。
「ロマンがないな」と君が呆れる。
『出来ないものは出来ないよ』と僕はムキになる。
溶けたアイスが地面に落ちて、君は笑った。
まず、やってみたいこと。
両手を広げて仰向けに。
空の青が広がる中、時間を忘れて眠りたい。
『ふかふかのベッドで十分だ』
冷房の効いた君の部屋。
布団しかない我が家を嘆く。
僕は面白がって端から端へ転がる。
勢い余って転げ落ちた僕を、君は笑う。
君の机からノートを奪ってページをめくる。
『雲みたいに真っ白だ』
僕が指摘する。
「カレンダーのバツ印にはまだ猶予がある」
ピースを浮かべ、君は得意げに笑った。
真っ白のノートが埋まることはなかった。
しんとした空間に、薬品の独特の匂いが広がる。
あまり縁がない場所だ。
好きか嫌いかで言えば、嫌い。
横開きの扉を開ける。
カラカラと、小気味の良い音が鳴る。
君は外が見える真っ白のベッドで、雲を見ている。
「いらっしゃい」
僕に気付いて、君は笑顔を浮かべた。
少しだけ、元気がない。
僕は背負ったリュックサックを開ける。
お母さんに持たされたりんごと、買ってもらった本を渡す。
色々な形の雲の写真が載っている本だ。
僕がりんごの皮を剥き、君が食べる。
「食べさせて」
『ばか』
しゃりしゃりという気持ちのよい音がする。
君が申し訳なさそうな顔を浮かべる。
枕元から、君は何かを手に取った。
僕が持ってきた本と同じ物だ。
僕と君は笑いあった。
また今日も、真っ白な部屋に向かう。
真っ白なベッドの上で、君は真っ白の雲を見ている。
君の顔も、以前より白い。
君は新しく、真っ白のページを開く。
教科書を手に持つ僕と、ノートを書き込む君。
気付けばすでに陽は沈んでいる。
「この部屋は真っ白で、まるで雲みたいでしょう?」
頷いた僕は、荷物をまとめ退室する。
カラカラと扉を鳴らす。
奥ですすり泣く声が聞こえる。
ここ最近、雲を見上げることが増えた。
すっかり君の影響を受けてしまったようだ。
僕の席からは外が見やすい。
頭への痛みを受けて、僕は現実に引き戻される。
教科書を丸めた担任が呆れた顔をして、クラスメイトが笑った。
軽い謝罪をして、担任の背を見送る。
僕はもう一度空を見上げる。
机の上に開いたノートは、流れる雲と同じ色だ。
ソーダ味のアイスに歯形を付ける。
額を大粒の汗が伝う。
抜けるような空の中、流れる雲に身を任せるイメージを膨らませる。
君は今頃、何をしているのか。
雲の上でーー遊んでいるだろうか。
頭への痛みを受けて、僕は現実に引き戻される。
拳を丸めた君が呆れ顔をして、僕は笑った。
「勝手に殺すな」と君は怒った。
君は強引に僕のアイスを奪う。
君が歯形をつけ、僕が奪い返す。
何度も繰り返すうちにアイスは溶けて地面に落ちた。
「雲の上で遊びたい」
変わらぬ笑顔で君は言う。
『雲の上には立てないよ』
変わらぬ口調で、僕も言う。
「ロマンがないな」と呆れる君が、行き先も決めず駆け出した。
負けじと僕も、駆け出した。
『雲の上には立てないけれど』
僕は心の中で言う。
君とだったら__君となら。
雲の上でも、遊んでみたい。
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※この作品は以前『小説家になろう』上に投稿したものに、若干の修正を加えて再掲したものです。