「ずっと私に愛を語ってくれたなら、きっとその気になっちゃうかもね」 - 幸せな洗脳【小説再掲】
「私と、付き合ってください」
そう言い渡された僕が思いのほか冷静でいられたのは、何も僕が、そういった旨の台詞を言われ慣れているモテ男であるからではもちろんない。
むしろ、僕の人生とはほとんど縁が無かった言葉だったし、本来なら気が動転しておたおたしてしまうことだろう。
いやーー気は動転していたのだ。
おたおたしていたのだ。
1回目と2回目に関しては。
「……ごめんなさい」
「うーん、強情ね。全然崩れないじゃない」
「そりゃ、丸々1週間も言われ続ければ慣れもするよ」
7回目の告白をフイにされた彼女は、不服そうな顔で頬を膨らます。さながら風船のように膨らむその顔を眺めていると、そのまま飛んでいってくれればいいのに、という気持ちにならないでもない。
「もう1週間?早いねー」
「……いい加減、飽きない?」
「うーん。どうやら私、負けず嫌いみたい」
どことなく素っ気ない態度の僕を見た人は、もしかしたら僕に、傲慢というレッテルを貼りたくなるかもしれない。平々凡々な僕には釣り合いそうもない、クラスの中でもずば抜けてキラキラした生き方の彼女が、僕と交際してほしいと言う。
そんな彼女を拒み続ける冴えない僕という構図は、『お前程度が何を贅沢言っているんだ』と罵倒されても仕方のないことだと思う。
思う、けど。
「……何で、僕のこと好きなんだっけ?」
「好きじゃない好きじゃない。友達との罰ゲーム」
この言い草である。
全く、酷い人間もいたものだ。拒みたくもなる。
「罰ゲームーーだったんだけどね」
指先をつんつんと合わせながら、彼女は言う。
「1回目の時、私に告白されて、いかにも挙動不審だったから『ちょろいちょろい』なんて思ってたら、まさかのフラれるなんてどんでん返しが待ってたからさ?『なんでよ!』って思ってる内に、ムキになっちゃって」
ムキになっちゃってーー7日連続。
月曜日に学校で告られ。火曜日に帰路で告られ。水曜日に……なんて、どこかの歌の歌詞みたいだ。よくもまあ、土日も関係なく告白しに来るものだと思う。
「……ムキになられても、どうにもならないよ。それに、好きでもないのに付き合っても、お互い幸せにはなれないんじゃないかな?」
「まあそれは、一理あるけどーー愛しのあの子と付き合えない、告白する勇気もない君は、果たして幸せなのかしら?」
「なっ」
いかにも嬉しそうに、小悪魔のように笑みを浮かべる彼女。うぷぷぷ、と漏らす口元を、揃えた指先で押さえている。
「それとも、何かアプローチは出来たのかちらん?連絡先ぐらいは聞いたのかちらん?」
ふざけた語尾で、彼女は僕に追い打ちを掛けた。
「ほ、ほっといてくれよ。僕には僕の、ペースってものがあるんだ」
「ふーん?それで、10年後20年後になってまで彼女を目で追い続けて、ストーカーで捕まっちゃうんだ?」
「縁起でもないこと言わないでよ」
シャレにならないよ、なんてツッコミを入れつつーーリアルに想像をしてみると、他人に言われるまでもなく草食系の僕は、10年後にだって20年後にだって、愛しのあの子と親しくなっているイメージが全く沸かない。
「今の服装だって、なんかパッとしないし……人から好かれたいのなら、自分を変えなきゃ始まらないわよ?」
彼女は僕の頭から足先まで、ねめつけるように見渡した。パッとしないと言われたら、自覚しかない。
「服装なんて僕の勝手だろ。それに、その言葉はそっくり君に返すよ。僕に好かれたいのなら、まずそのお節介な性格をどうにか変えてくれよ」
「こればっかりは性格だから変えられないわねー」
彼女はくるりと身を翻らせると、涼しげな水色のスカートがふわりと舞った。同じ色の空を仰いでから、首だけをこちらに向け、肩越しに言った。
「あ、そうだ。ねえ、今日ヒマ?どうせヒマでしょ。ヒマって顔してる。ヨレヨレのTシャツにしわくちゃなパンツなんて、よそ行きではないわよね?遊びに行こうよ」
「おあいにくさま。僕はこれから本屋に行くんだ。忙しくて仕方がないよ」
「根暗だなあ。そんなんじゃ愛しのあの子も振り向いてくれないぞ」
さすがの僕も、少しムッとした。
本屋に行くイコール根暗というのは愚かな偏見だということを、彼女に説き伏せねばなるまい。
「……いいよ。そこまで言うなら、着いてきなよ。僕のおすすめの作品を、これでもかとばかりに食らわせてあげるから。君の涙腺をめった切りしてあげるから」
「ふーん?望むところよ」
彼女はにやにやしながら、僕の横に並んで歩く。
「でも、それだけじゃ不公平じゃない?それが終わったら、私の方にも付き合ってもらうわよ」
「どこ?」
「決まってるじゃない」
彼女は腰をかがめ、低い位置から僕の顔を覗き込む。
「性格は変えられないけど、服装なら変えられるわよ?」
「……なるほど、望むところだ。服装に関してなら、僕にもこだわりがある」
「へー?とてもそうは思えないけど」
「服装にはこだわらない、ってこだわりだ」
「大したこだわりだこと」
彼女は自分の顔の前で、大げさな拍手をした。いかにも茶化してる感じである。
「ふふ、初デートね?」
「そんな可愛いものじゃないよ。これは戦いだ」
何の共通点も持たない僕たち。
価値観の相違から勃発したこの戦いは、きっと長くなるーー抜けるような空の青が、そう告げた気がした。
◯
「僕と、結婚してください」
「はい」
「……なんだよ、それ」
彼女の即答に、居住まいを正して彼女の正面に座っていた僕は若干の拍子抜けをする。当時の当てつけとでも言わんばかりの僕のきっちりとした正装が、こうなってしまってはもはや滑稽でさえある。
「断ってくれないと、学生時代に散々断り続けてきた僕が悪人みたいじゃないか」
「そう、昔から悪人だったのよね。何度断られたことかしら?」
「……97回」
「よく覚えてるのね。100回まではいってなかったんだ」
8回目の告白をされた月曜日から、僕は手帳に、告白された日をチェックしていた。3ヶ月を越えた辺りで僕は折れて、告白を受けた。
「そのうちフってやろうなんて思ってたものだけど……結果は、まあ。見ての通り」
「だんだん楽しくなっちゃったわけね?」
う、と図星の声が出る。
好きでもない人と始めた恋人ごっこは、いつしかごっこじゃ済まなくなっていた。
「まあそこは、私も同じなんだけど」
指先をつんつんと合わせながら、彼女は言うーー恥ずかしがっている時の、彼女のサインだ。
「覚悟してたけどな。断られたところで、今度は僕がプロポーズし続けなきゃって」
「それなら、別の言葉を言い続けて」
「別の言葉?」
「あの作家があの作品で使ったみたいに、とびきりくさいあの台詞」
「ええ?」
彼女がどの台詞を指してるのか、すぐに分かった。ずっと昔に、彼女が涙腺をめった切りにされていた、あの台詞だ。
「……愛してる」
「ごめんなさい」
今度も即答だった。
しかもフラれた。
「……恥ずかしさを返してくれ」
「当時の私の気持ち、分かってくれた?」
「ああもう、分かったよ」
僕が肩をすくめると、彼女が「うぷぷぷ」と意地悪く笑った。
「恥ずかしさを返してほしければ、私が良いと言うまで、愛をささやき続けることね」
「……いつになれば、良いと言うの?」
「さあ……この子が大きくなって、親のラブラブぶりに呆れるぐらいまで?」
「ぶっ」
彼女はお腹をさすって言った。
「待て。まだ、いもしない子供のことなんて言うんじゃない。僕はちゃんと、段階は踏んでるつもりだ」
「ビックリした?」
「最上級のドッキリだよ。プロポーズした側をビックリさせないでくれ」
「うふふ」
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。つられて僕も、肩を揺らした。
「あなたのことは好きじゃないけど、あなたより好きな人はいないの。暫定1位!おめでとう!」
「嫌な言い方をするなあ」
『暫定1位』を表現していた人差し指を、彼女は僕に向けた。
「それに、ずーっと『愛してる』って言い続けてくれたら、もしかして好きになっちゃうかも。洗脳ってやつ?ずっと私に愛を語ってくれたなら、きっとその気になっちゃうかもね」
「なるほどね……君が告白し続けて、僕が折れた時みたいに」
説得力のある話だ。実に。
「試しに、もう一度洗脳してみたら?」
「ええ?」
「あなたが97回私をフったのと、さっき私がフった1回を合わせたら、98回ね?100回を超えたら、果たしてどうなるのかしら?」
彼女の狙いが言外に伝わってくる。僕は観念した。
「……愛してる」
「ごめんなさい」
やっぱりフラれた。
99回目。
「分かっているとはいえ、へこむなあ」
「分かった?私の気持ち」
「痛いほどにね。97回もフラれ続けるなんて、君のメンタルは鋼だな」
「あなたに見えないところで何度も涙を流したものだけどね?」
「……嘘だろう、それ」
「えへ、バレた?」
ぺろっと舌を出した彼女に、僕は肩をすくめた。
「僕は君より根暗だし、もう一度フラれたらおかしくなりそうだよ」
「それはあなたの気持ち次第ね。フラれないように、ありったけの愛を持って私を洗脳してみせて?」
いたずらな瞳で、彼女は僕を覗き込む。 居住まいを正し、僕は言った。
97+2。次のでちょうど、100回目。
僕と彼女とで、通算100回目を迎えるーー気持ちを乗せた、その言葉を。
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※この作品は以前『小説家になろう』上に投稿したものに、若干の修正を加えて再掲したものです。