ニブンノイチX乗の半生【小説再掲】
床に這いつくばりながら涙をこらえる私に、君が手を伸ばす。
だいじょうぶ?と君は笑う。
だいじょうぶ。そう答えて私は泣く。
またあいつにぶたれた。私は何度も立ち上がり、両手であいつを突き飛ばす。
あいつの頭に血が上る。走ってくるあいつを、君が足で引っかける。
あいつの上に乗り、今までのお返しをする。そこへ先生がやってきた。
二人掛かりなんてダメでしょう、と先生が怒る。ごめんなさい、と言う。
私と君だけが部屋に残る。
やっちゃったね、と君は笑う。
やってやったね、と私も笑う。
赤と黒を並べ、君と手を繋ぐ。私も君もスキップしてる。
教室に入るとあいつがからかってくる。私があいつを突き飛ばすと、あいつも私を突き飛ばす。
君が先生を呼んできて、私とあいつが怒られる。
勝てそうだったのに、と私は怒る。
ケンカはよくないよ、と君が笑う。
先生から紙をもらう。私のと比べて、君の紙にはたくさんの丸がある。
私はその紙をくしゃくしゃに丸める。先生は怒って、私は泣く。
先生に解放され、私は自分の席に戻る。隣には君がいる。
教えてあげるよ、と君が笑う。
遊ぶ方が楽しい、と私は怒る。
狭い体育館にみんなが集まる。泣いてる人もいる。
退屈さを感じる。名前を呼ばれても、みんなのように大きな声は出せない。
教室の隅で空を見上げる。君が人ゴミから抜けるのを待つ。
教室から人がいなくなる。君はようやく私の方に来る。
帰ろうか、と君は笑う。
遅すぎる、と私は怒る。
君が走ってボールを追う。私は遠巻きに君を見る。
君が一人になるのを待つ。しかし多くの人が、君といたがる。
待ちくたびれて私は先に帰る。帰り際、君と目が合う。
校門を出る。足音が聞こえて、振り返ると君がいる。
また明日、と君は笑う。
また明日、と私は言う。
先生から紙をもらう。自分の机でうなだれる。
隣の君が私の手元を覗き込む。私も君を覗き込み、君の紙と見比べる。一層うなだれる。
君は明るく将来を見据える。私には無理だと諦める。
教えてあげるよ、と君が強く言う。
しょうがないな、と私は不貞腐れる。
えらそうだなあ、と君は笑う。
動きやすい格好の君が校庭に向かう。それを私は笑って見送る。
重い足取りで図書室に入る。鈍い手つきで教科書を開く。
君の部屋で、ノートと私を繰り返し見る君を思い出す。自然と笑みがこぼれる。
外が暗くなり始めたことに気付く。時計を見て、集中していたことに気付く。
道具をしまって外へ出る。大きな水筒を飲む君がいる。
お疲れさま、と私は笑う。
そちらこそ、と君も笑う。
今日の君はいつもと違う。曖昧な返事ばかりする。
休み時間になると、君はすぐに教室を出て行く。それが何度か続く。
帰りの号令が鳴る。私は一足先に廊下で待つ。私の顔を見ると、君は観念する。
珍しく、会話が弾まない。君は何かを考えている。
私は強引に追求する。君は重い口を開く。彼女が出来た、と君は言う。
もう家には呼べない、と君は言う。
謝る必要ないでしょ、と私は笑う。
私は空き教室に入る。担任が座っている。
怒号が響く。私はうつむく。
次第に静かな口調になってゆく。私は謝罪を口にする。
しばらく補習に参加すれば、試験をサボったことは不問にしてくれるらしい。
頭を下げて教室を出る。遠巻きの君と目が合う。
私は背を向け走り出す。
足音は聞こえてこない。
帰りの号令が鳴る。教室は閑散としている。緩慢な動作で私も外に出る。
なんとなく、いつもとは逆の門から帰ることにする。
歩みを進める。少し遠くから、怒号が聴こえる。私が担任に受けたものとは種類が違う。
何の気なしにそこへ向かう。座り込んでいた一人の女子生徒がこちらを見る。つられて、その一人を囲む三人の女子生徒がこちらを見る。
三人が汚い言葉を発した直後、考えるより先に私の身体は動き出す。
私に突き飛ばされた三人のうち一人が金切り声で叫ぶ。他の二人が私の両腕を封じる。腹に鈍い痛みが生じる。
力任せに振り払い、その二人も突き飛ばす。どちらもうずくまって立てそうもない。
罵詈雑言を放つ一人に、私は迫る。ひとつお返しをしてやると、無様に涙を流す。
囲まれていた一人が、悲鳴を上げて走り去る。騒ぎを聞きつけたらしい担任が現れる。担任が大きな声を出す。
急に殴りかかってきた、と一人が言う。他の二人も同調する。
私は必死に弁明する。次第に人が集まってくる。
相手の一人が、君の名前を呼ぶ。
振り返ると、そこには君がいる。私が言葉に詰まっていると、その女が君の胸に飛び込む。
君は女の背中をさする。私に一瞥をくれる。そして、その女を慰めながら去る。
私は半生を振り返る。そして、君のそれと見比べる。
人生は選択肢の連続である。マルかバツかを選び、正解か不正解か、結果は二分の一に分かれる。
君の半生と私の半生。試験の答案と一緒だ。
充実していた君と、不足していた私。
君はいつも正解で、私はいつも不正解。
そんな君のことーー私はずっと、嫌いだった。
だから最後の選択肢ぐらいは。
私の勝ちで、いいよね。
私は前に倒れ込む。私は宙に身を委ねる。
◯
私は想像する。そこにはたくさんの人がいる。
でも顔を判別できるのは、君ぐらい。
赤の他人が流す嘘っぱちの涙は、気持ちが悪い。私は君だけを見る。
君の姿を見て、私は正しい選択をしたのだと実感するだろう。
君は、私のために泣く。
私は、君の泣き顔を見て笑う。
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※この作品は以前『小説家になろう』上に投稿したものを再掲したものです。