暗くて愚かなニクいやつ。

連続ブログ小説『LinK!』、感想貰えたら引くほど喜ぶ

50音順ショートストーリー【あ】『諦めの良い男』

 僕は諦めの良い男だ。

 勉強だって、スポーツだって、諦めてきた。

 試験勉強を真面目にしたところで、要領の悪い僕は試験当日に実力を発揮できない。そして、残り時間が5分だと告げられてしまえば「5分では、もうどうにもならない」とペンを置いてしまう。

 部活に真面目に取り組んだところで、要領の悪い僕はレギュラーになれない。不真面目だけど才能がある同級生を見てしまえば、練習に身が入らないのも無理はない話だろう。

 どうせ自分よりできる奴がいるのだから、自分が頑張る必要はないのではないか?

 そう自分に言い聞かせて、色んなことを諦めてきた。

 

 そのくせ僕は人一倍、他人に期待を持ち過ぎるのだ。それは、今までの恋愛にも当てはまる。

 たまたま僕に挨拶をしてくれた女の子。

 たまたま僕が消しゴムを貸した女の子。

 たまたま僕と背中がぶつかった女の子。

 そんなベタ過ぎるきっかけで、僕は彼女たちに好意を抱く。

 挨拶をしてくれたのだから。

 消しゴムを貸したのだから。

 背中がぶつかったのだから。

 ーーだから彼女たちは、僕のことを好きなのではないか?と。

 そして些細な理由で勝手に失恋をする。他の異性と親しげに話しているところを見た時とか、自分が彼女の好みの範囲から外れていると人づてに聞いた時、とか。その繰り返しだった。

 考えてみたら、当たり前のことだった。

 あの子が僕に挨拶をしてくれたのは、『人と会ったら挨拶をしましょう』という教えを受けてきたからかもしれないし。

 あの子が僕に消しゴムを貸してくれるよう頼んできたのは、消しゴムが無くて困っていたからだし。

 あの子が僕とぶつかったのは、僕の存在が視界に入らないぐらい友達との雑談を楽しんでいただけかもしれないし。

 思い込みが激しいせいで勝手に期待を抱くくせに、思い込みが激しいせいで勝手な失望をする。その感情の浮き沈みに、自分でも笑ってしまう。

 

 隣の席の彼女に恋人がいると知った時だって、僕は早々に諦めてしまった。

 なぜなら僕が、諦めの良い男だから。

 隣の席という距離感は、彼女と友人たちが話す声を遮断してはくれないみたいだった。『隣のクラスに彼女の恋人がいる』という聞きたくもない情報を、僕は机に突っ伏しながら聞き流すしかなかった。

 だから、彼女が『恋人に嫌気が刺したから関係を解消したい』と悩んでいる話も、耳に入ってしまった。

 しかし僕は、諦めの良い男。

 そんな話を聞いたところで、今がチャンスだ、とばかりに腰を上げることはできない。もうすでに、諦めたことだ。

 

 しかしある日の放課後、事件は起こった。

 明日提出しなければいけない課題を学校に忘れるなんて、と自分を責めながら、家までの帰路に逆らうように学校まで戻る。僕が忘れ物をした、自分の教室のドアを開けようと手をかけたところで、声が聞こえた。二人分。

 一方の声は、間違いない。隣の席の彼女だ。

 もう一人の声は知らないけれど、男の声だった。

 それ以外の人がいる感じはしない。

 放課後の教室で、男女が二人きり。

 そこに忘れ物をした僕。

 僕の心を、黒い霧が覆う。しばらくして『取り込み中だし、後でまた来よう』という結論に至り、その場から離れようとした。

 しかし天は、僕を諦めさせてはくれなかった。

 隣の席のあの子が、彼氏らしき相手と言い争いをする声。人がいなくなった校舎というものは、声をよく通すものだ。内容が内容だから、人がいなくなってから話をしようとでも思ったのだろうか。

 不可抗力により聞こえてきた話の内容によると、彼女は彼とこれ以上関係を続けるつもりはなく、しかし彼は、それに納得がいっていない様子だった。

 しかしそれが分かったところで、それは当人同士の問題。僕が首を突っ込むことじゃない。自分には関係ないと、諦めの言葉が頭を駆け巡った。身を翻し、教室から離れる。

 しかしそこで、声が響く。

 彼の怒ったような声と、彼女の「離して!」という不快そうな声。

 それを耳にして、僕は足を止めた。

 その時僕は、初めて知った。

 

 ベタ過ぎるきっかけで恋をして、ベタ過ぎるきっかけで失恋をする僕がーー

 ベタ過ぎるきっかけで奮い立つ人間だった、ということを。

 

 好きな女の子を守るため、なんて、ベタもいいところだ。僕は静かに、両手を握り込む。

 僕は、諦めの良い男だ。

 だからきっと、『僕が飛び出したところで』と諦めてしまうこと自体を、諦めることもできるはずだ。

 自分にそう言い聞かせながら、僕は彼らがいる教室まで歩みを進める。ドアを横に引いて、中に入る。少しでも間を置くと冷静になってしまいそうだったから、徐々に歩行速度を上げた。

 このまま彼らの間に割って入ったら、どうなるだろう。しかし僕は、それ以上考えることを諦めた。

 

 いつか今日のことを振り返った時、僕はどうしようもなく恥ずかしい気持ちに苛まれることになるのだろうか。

『あの時の行動は自分らしくなかった』と、顔を赤らめてしまうことになるのだろうか。

 それは、未来のことだから何とも言えない。

 断定はできない。

 しかし仮にそうなっても、どうということはない。

 恥ずかしい過去の経験を『もう、今の自分にはどうしようもないことなんだから』と諦めることができるだろう。

 

だって、僕はーー諦めの良い男だから。